冠元穎粒の構成成分である丹参、川言、紅花、木香、苛薬、香附子について、それぞれの薬理作用と成分について表1に示した。各生薬に共通した薬理作用として、血管拡張作用や中枢抑制作用が含まれる。これらの生薬を含む冠元穎粒は血管性認知症の改善が臨床において報告されており、その改善率はそれぞれ総有効率62.9%、著明改善3例(10.7%)、有効15例(50%)、無効11例(39.3%)だった。特に視覚に関する短期記憶障害において改善が著効だった(論文未発表)。
表1.冠元穎粒の構成成分と薬理作用
【冠元穎粒による中核症状改善:神経細胞保護作用/抗認知症作用】
福岡大学の藤原教授らが開発した「繰り返し脳虚血モデル」は血管性認知症を評価するために有用な動物実験モデルである(14)。ラットの脳循環を維持している4血管の短時間(10分)閉塞を単回のみ行った場合、24時間後の初期には神経伝達機能のアンバランスが生じるが神経細胞死は生じない。一方、10分間虚血を1時間の間隔をあけて数回(2-3回)行う「繰り返し虚血モデル」では7日後でも空間記憶障害が残る。また、海馬のCA1細胞層にアポトーシスが発現し、ACh神経の機能低下を伴う。これは一過性脳虚血発作(TIA)の臨床像に類似していることから、本ラットを用いて冠元穎粒の脳血管性認知症に対する影響を検討した。
1)抗脳虚血作用/抗認知症作用
*繰り返し脳虚血による空間記憶障害
空間記憶障害に対する冠元穎粒の影響を検討するために、8方向放射状迷路を用いた。
冠元穎粒を虚血2週間前から投与し、合計21日間経口投与したとこ日間経口投与したところ、10,30mg/kgという比較的低濃度の投与量で空間記憶障害を改善した。300mg/kgほぼ同様の改善を示した(図6)。
図6.繰り返し脳虚血による空間記憶障害に対する冠元穎粒21日間経口投与の影響
2)治療可能時間域(虚血前投与,後投与)
*冠元穎粒の神経細胞死抑制効果
認知症はアポトーシスを伴う特徴的な疾患であり、治療上重要な意味を有する。繰り返し虚血後の脳におけるアポトーシスを検討するために、HE染色により神経細胞を染色し形態を観察し、細胞数を比較検討した。虚血モデルでは,海馬CA1領域にアポトーシスを伴う空間記憶障害を誘発する.図7の写真に見られるように繰り返し虚血では、アボトーシスの進行による細胞死が観察される。冠元穎粒を虚血2週間前から投与し、合計21日間経口投与したところ、100,300mg/kg投与では神経細胞死を阻害した。また300mg/kg投与はアスピリンとほぼ同様の神経細胞死の抑制を示した(図7)。
図7.繰り返し脳虚血による神経細胞死に対する冠元穎粒21日間経口投与の影響
繰り返し虚血後7日間の冠元穎粒処置による空間記憶障害に対する影響を検討したところ、前処置のみならず後処置においても冠元穎粒による記憶障害の軽度な回復が認められた(図8)。また、アポトーシスに対する影響も同様に検討したが、有意な回復は認められなかった。
図8.繰り返し脳虚血による空間記憶障害に対する冠元穎粒の虚血後7日間投与の影響
3)神経細胞保護作用
*DPPHラジカル
神経細胞の保護作用を検討するために、安定ラジカルDPPH10-4Mの冠元穎粒による還元作用の測定を行うことで、冠元穎粒の抗酸化活性を検討した(図9)。安定ラジカルDPPHの還元作用に対するEC50は冠元穎粒において36.7″g/mL、当帰苛薬散では313.5″g/mL、カテキンおよびアスコルビン酸で3.1″g/mLだった。冠元穎粒は抗酸化作用が報告されている当帰苛薬散よりも約10倍強い抗酸化活性を示した。
図9. DPPHラジカルに対する冠元穎粒の抑制作用
*海馬初代培養細胞の細胞傷害抑制作用
グルタミン酸およびカイニン酸はそれぞれNMDA受容体およびAMPA受容体を介して細胞傷害を誘導することが報告されている(15,16)。海馬初代培養細胞にグルタミン酸を添加したところ、アポトーシスが観察された(図10写真)。100MMのグルタミン酸は約50%のアボトーシスを誘導し、冠元穎粒は濃度依存的に、この細胞傷害を抑制した(図10)。1mMカイニン酸(図11)は細胞を約30%傷害したが、冠元穎粒により細胞傷害の抑制が見られた。
図10.海馬初代培養細胞での100″Mグルタミン酸による神経細胞傷害に対する冠元穎粒の保護作用
図11.海馬初代培養細胞での1mMカイニン酸による神経細胞傷害に対する冠元穎粒の保護作用